美味しいものを自然体で提供したいと勝手に思ってる楽山若大将の気ままなブログ

 祥子にはどうしても好きになれない食べ物があった。
 うにだ。
 子供の頃、父親に連れて行ってもらった回転寿司。
 「旨いぞ」
 と、言って勧められ口に運んでびっくりした。
 薬くさいような消毒薬のような微妙な味。
 子供心に大人はこんなものを好むのかと驚いた。
 以来、口にしたことはない。

 あれから10数年が過ぎ祥子も自分のお金ですし屋に入れるようになった。
 まぁ、回転寿司ではあるが。
 近頃では回転寿司もレベルが上がって立ちのすし屋と遜色ないねたも
 ふんだんにある。
 でもうにだけは食べようとは思わない。
 あの、消毒のような記憶が甦るのだ。
 一生、縁がないと思っていた

 そんな祥子にもいい男友達ができた。
 元という北海道出身の彼だ。
 ガソリンスタンドのアルバイトで知り合った。
 無骨な大人しい男だった。
 2人とも映画が好きでそんなとこが引き合ったんだと思う。
 都会育ちの女と田舎育ちの男。
 人生はいつもひょんなことから始まる。

 ある日、両親の話になった。
 祥子のところは典型的なサラリーマンだったが
 元の実家は水産加工会社を経営していた。
 いずれは実家を継ぐという。
 「へぇ、じゃあいつか北海道に帰るんだね」
 祥子はちょっと寂しくなったが
 知り合ってまだ3ヶ月。付き合ってるのかさえはっきりしてないのに
 がっかりしてる自分に少し驚いた。
 「うにの加工してるんだ。大変だけど結構実入りは良いみたい」
 「うに?うにってあのうに?」
 「そう、すしとかにするやつ」
 「無理、無理、無理!あたし、うにだいっ嫌いなの!」
 「え、あんなに旨いのに何で?」
 祥子は子供の頃の話をした。
 元がケラケラ笑う。
 「知らないんだよ、本物の旨さを」
 いつかすし屋に行こうという話になった。

 バイト代も出てすし屋に行くことになった。
 祥子はあまり気が進まなかったが元はノリノリだ。
 「久しぶりだもん、すし」
 すし屋のガイドブックでこの店ならという店を元が選んできた。
 高級そうだったがネタの値段が全て明記してあり安心して
 食べられそうな店だった。
 「いらっしゃい」
 まだ30過ぎぐらいの若い大将だった。
 飲めない2人はあがりを頼んで早速握ってもらうことにした。
 マグロ、中トロ、白身。
 玉子に穴子。
 突然、元がうにの話をし始めた。
 実家がうにの加工会社だということ。
 そして祥子のうに嫌いなこと。
 若い大将は笑って言った。
 「その薬くさいのは防腐剤の香り。輸入物や粗悪なものには
  たっぷりふりかけてある。上物は薬の味なんかしないよ」
 そしてうにが出てきた。

 うに

 祥子はたじろいだが元も強く言うので思い切って口に入れた。
 驚いた。
 あの嫌な味は全くなく柔らかな甘みと風味が徐々に広がる。
 目からうろこだった。
 「な、旨いだろ?これがうにの味だって。ねぇ大将」
 祥子はこれで北海道にもいけるかな、と思った。


 すし屋のカウンターには発見がある。


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  修平はなんとなく入った飲み屋で驚いた。
  何年ぶりだろう。奈美子と再会したのだ。
  彼女とは10年ちょっと前しばらく付き合っていた。
  行きつけの店の人気ホステスだった。
  向こうも驚いた表情だったけれどすぐに懐かしい笑顔に変わった。
  結婚してその世界とはおさらば。
  しばらくはメールとかもしていたけれどいつの間にか
  連絡が取れなくなっていた。

  水割りで乾杯。
  「久しぶりね。元気だった?」
  グラスを静かに鳴らす。
  「驚いた。幸せに暮らしてると思ってたけど」
  「離婚したの。私は結婚にむいてない」
  肩をすくめて笑う。10年前となんら変わっていない仕草だ。
  少し戸惑いながら飲んでいた。
  その日は新しい携帯の番号を交換して店を出た。

  3日後、修平の携帯が鳴った。奈美子からだった。
  「驚いた?ご飯でも食べようよ。久しぶりに」 
  女はよくわからない。
  修平は45年生きてきて今だ女心の理解が出来ない。
  でも、断る理由もないので週末に約束を入れた。

  待ち合わせの場所で修平は驚く。
  あの頃となんら変わらない美菜子の姿があった。
  この間は夜の店だったし気づかなかったが
  奈美子は修平より二つ年上。
  もう50歳にも近いはずだがとてもそうには見えない。
  どう見てもまだ30代の肌艶だ。
  「どこ行こうか?」
  「ねぇ、あそこのすし屋にいこ。大将元気かな?」
  奈美子に言われて思い出した。
  そういえば別れてからほとんど顔を出していない。
  久しぶりに悪くないと修平は思った。

  店に入ると大将は一瞬驚いた顔を見せたが
  何もなかったようにあの頃の顔に戻った。
  さすが、職人だ。
  ビールで乾杯して玉子焼きをつまむ。
  「あの頃と変わらないな」
  「私?変わったわよ、かなり」
  「そうには見えない」
  「色々あったのよ」
  「そうなんだ」
  それ以上聞くのはよした。
  「あなたは?まだ奥さんと一緒にいるの?」
  「あぁ」
  「あなたは何にも変わってない」 
  そう言ってケラケラ笑う。
  女房と別れて奈美子と一緒になろうとも思ったが
  踏ん切りがつかなかったのが別れた理由だった。
  「そうだ、大将、穴子、穴子を握って」
  奈美子が突然言い出す。
  修平は思い出した。ここの穴子が絶品だったことを。


  穴子3

  「んー、美味しい。やっぱり大将の穴子が好き。
   大将の穴子も全然変わってない」 
  奈美子はそう言って首をすくめた。
  奈美子がこの街に帰ってきたのは
  この店の穴子を食べたかったのか
  それとも修平とやり直したっかたのかは定かではない。
  偶然か必然なのか。
  修平は穴子を焼いた香ばしい香りの中で
  ぼんやり考えていた。


  すし屋のカウンターには変わらない何かがある。



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 就職して1ヵ月が経った。
 誇りっぽい倉庫で幸司は先輩の早河と作業をしていた。
 「仕事慣れたか?」
 「いえ、まだまだです」
 「酒、飲めるのか?」
 「少しなら」
 「付き合え」
 「あ、はい」

 上司に言いつけられた倉庫の片づけを早々と済ませ
 早河が行きつけの居酒屋。焼き鳥の煙が充満していた。
 「お前の実家は何してんだ?」
 「すし屋です。でも親父は死んで兄貴が継いでます」
 「へぇ、すし屋か。旨いもん食って育ったな」
 早河がジョッキを傾けながら呟く。
 幸司には嫌味に聞こえたが、切り返す。
 「俺の親父は漁師してんだ。いまだに。しかも鰹の一本釣りだ」
 「へえ、漁師ですか?先輩こそ旨いもん食ってるじゃないですか」
 早河は無表情で鼻で笑って
 「お前ほどじゃねぇよ」
 と応えた。

 それから2人はいい飲み友達になった。
 漁師とすし屋。気があったような、兄弟のような。
 不思議な感覚だった。
 ある日のこと、いつもの居酒屋に鰹の刺身が並んだ。
 「先輩、鰹ありますよ」
 「いや、この鰹は旨くねぇ。大きさ、身の色でだいたいわかる」
 「そうなんですか。さすがですね」
 「ところでお前、鰹の握り、食ったことあるか?」
 幸司は親父にも兄貴にも握ってもらったことがなかった。
 「うめぇんだぞ。脂があっても無くても、鮮度がよければ最高だ」
 早河の故郷ではぶつ切りに切った鰹で作る「てこね寿し」
 という郷土料理があるという。
 「でもな、握りが旨いんだ握りが。兄貴に教えてあげな」

 久しぶりに兄貴の声を聞いた。
 「兄貴、鰹握ったことあるか?」
 「鰹?鰹は握ったことねぇぞ」
 幸司は早河のことを話した。
 「そうか、なら一度仕入れてみるか」
 
 幸司は就職して初めて実家に帰った。
 「鰹、仕入れてみたぞ」
 「で、どう?」
 「まぁ、食ってみな」

 

かつお1 

 頬張ると、マグロとはまた違う風味が広がる。
 生姜と浅葱の香りが鼻腔をくすぐる。
 「兄貴、旨いよ。臭みもないし」
 「ただ、目利きが難しい。何本も駄目にしたよ」
 これなら早河も喜んでくれるかも知れない。
 よし、早河に食ってもらおう。
 合格が出るかどうかわからないが
 ふだん世話になっている早河にどうしても喜んでもらいたかった。
 
 次の休みに早河を誘った。
 鰹を食べた早河は旨いとも不味いとも言わなかったけれど
 食べてくれたことが嬉しかった。
 早河は幸司の兄にビールを勧めながら
 「いい弟さんですよ」
 と、似合わないおべんちゃらをいっていたが
 まんざらでもなさそうだった。

 今度は秋だ。今度は脂の乗った鰹で
 早河に旨いといってもらおうと思った。

 すし屋のカウンターには思い出の味がある。



 

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  臨月はもう来月に迫っていた。
  美和子は母親の里子の顔を見たくて帰省しようと思った。

  父親には反対された結婚だった。
  彼が中卒の塗装屋でバツイチ。若気の至りだったと
  里子が説得をしたが父の真之は納得しなかった。
  それでも美和子のお腹の中には小さな命が宿っていたし
  ペンキにまみれて働く彼の傍に何より居たかった。
  結局、式も披露宴もない寂しい結婚になってしまった。
  それでも美和子は幸せだった。
  お腹の赤ちゃんの成長と夕飯を用意して彼の帰宅を待つ。
  そんな毎日が幸せだったのだ。

  それでも出産間際にどうしても一番の理解者である里子に
  自分が産まれたときの話を聞きたくなったのがその理由だ。
  「ただいま」
  久しぶりに帰った実家はがらんとしていた。
  出迎えたのは真之だった。里子は外出中だった。
  「おう」
  と、そっけなく応える。まだ納得はしてないのであろう。
  居間に入ってテレビのスイッチをつけた。
  「父さん、お茶でも入れようか?」
  美和子は精一杯、平静を装った。
  「いや、いい。美和子、腹へってないか?
   寿司でも食いに行くか?」
  予想だにしなかった真之の言葉に驚いたが小さく頷いた。

  近所の真之の行きつけのすし屋だった。
  美和子も子供の頃はよく付いて行ったものだ。
  でもここ10年ぐらいはほとんど行っていない。
  久しぶりの訪問だった。
  「いらっしゃい!あれ?美和ちゃん?
   綺麗になったねぇ。あ、結婚したんだって?
   赤ちゃんまだかい?」
  立て続けに大将は続ける。
  すると、女将さんが大将の頭をはたく。
  「ちょっと、あんた!」
  「あ、しまった」 
  首をすくめる大将を見て美和子は真之がまだ納得してないのを悟った。

  ビールを飲みながら玉子をつまむ真之。
  取り立てて話すこともなく好きなものを食え、と言う。
  テレビには昼のバラエティ番組が流れていた。
  窓の外にはもうすぐ満開の桜の木々が見える。
  子供の頃よく遊んだ公園だった。
  「大将、そろそろ鯛はどうだ?」
  「谷口さん、だいぶ脂ものってきましたよ。
   卵(こ)もたっぷり腹んでるし」
  「こいつに握ってやってくれ」

   鯛の握り

  実に美しい握りだった。
  真之が話しはじめた。
  「美和子、鯛はな、産卵間際になると体力つけるために
   餌をたらふく食って肥えるんだ。美味いぞ。
   お前もたらふく食って元気な子を産め」
  それまで黙っていた真之が発した言葉に美和子は驚いた。
  「美味しい。ありがと。父さん」

  そして新緑の頃に元気な女の子が産まれた。
  美和子はその娘に
  「桜子」
  と名づけることにした。

  すし屋のカウンターには、親子の愛がある。

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   太一がこの街に出て5年が過ぎようとしていた。
   田舎の街に不満があったわけではない。
   なんとなく都会に憧れただけだ。
   大学受験には失敗したが専門学校に進学した。
  
   太一の父、徳三は小さなすし屋を営んでいる。
   田舎の街で本格的な江戸前寿司を食べさせてくれる店で
   特別流行っていたわけではなかったが根強いファンも多く
   太一の学費と仕送りぐらいは稼げていた。

   周りからはすし屋を継がないのか?とよく言われた。
   寿司は好きだったし、徳三のことを嫌っていたわけでない。
   ただ本当に都会に憧れただけだ。
   専門学校を無事卒業し、旅行会社に就職していた。

   仕事に慣れてくるとツアーであちこちの街にいけるのが魅力だった。
   楽しみになったのは、その町のすし屋に入ること。
   北海道には北海道の。
   北陸には北陸の。
   それぞれの美味い寿司がある。
   寿司を好きになったのは徳三のお陰だと思う。
   実家にいるころ、おやつ代わりでよく握ってくれた。
   やれ鉄火巻きだのお稲荷さんだの。
   いいマグロが入ったときなど脂ののった皮際の身で
   ネギトロなんかも巻いてくれた。
   それでも太一は徳三に、
   「すし屋になれ」
   と一度も言われたことはなかった。
   なれと言われれば拒む気もなかったが
   自分から後を継ぐとも言えなかった。

   その日は関西方面への帯同だった。
   ツアー客から開放され街に出る。
   小さなすし屋に入ることにした。
   いつものように特上の握りを注文する。
   太一のいつものパターンだ。
   値段も安心だしまず間違いないネタが入っている。
   関西のすし屋には珍しい江戸前の握りだった。
   「美味い」
   しっかりした仕事がしてあった。
   追加でおすすめを聞いてみる。
   太一より一回りぐらい年上の大将は
   「今日はいい煮ハマがありますよ」
   と勧める。
   煮ハマとは驚いた。
   江戸前ではこの時季の定番だ。
   頬張ると懐かしい味がした。
   徳三の煮ハマの味を思い出した。
   田舎で江戸前の握りを出している徳三。
   何か同じような匂いがした。
   大将と色々話をした。
   2代目で店を継いだこと。
   東京で修行したこと。
   亡くなった先代のこと。
   なんだか嬉しくなった。
   
   店を出てふと思った。
   「俺もすし屋になろうかな」
   徳三に言ったらなんていうだろう。
   鼻腔にまだ煮蛤の香りが残っていた。


   すし屋のカウンターには絆がある。

   煮蛤
   
   



   
   
    一宮 寿司 すし券 でら吟 宴会 接待 法事 慶事 歓送迎会 記念日 誕生日 ランチ 個室 出前 弁当
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プロフィール

楽山若大将

Author:楽山若大将
すし割烹楽山の二代目です。趣味は美味いものを食べること、美味いものを作ること、野球(観る事、草野球)競馬(能書きだけで馬券をはずすのが得意)読書、落語鑑賞etc。

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