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美味しいものを自然体で提供したいと勝手に思ってる楽山若大将の気ままなブログ
今年もシンコの季節がやってきた。出始めはまだ数センチ。こんな小さな魚にも鱗も有れば内臓もある。小出刃を使って巧みに捌いていく。すし職人の腕の見せ所だ。





守はため息を吐きながらシンコを捌いていた。早くに亡くなった父の跡を継ぎ、店を切り盛りして15年。魚の目利きも市場では一目おかれるようにもなってきた。今朝のシンコも鮮度が良く、鱗もしっかりとついている。




ため息の理由(わけ)は失恋だった。もうすぐ不惑の歳になるのに未だ独り身だ。10ヶ月、付き合った彼女と別れた。些細なことだったが一度心が離れた女性を元に戻すのは至難の業だということは身に染みてわかっている。まるでシンコの時期のような儚い恋だった。




これで最後にしようと思ったのに。男と女の仲は実に難しい。このシンコを捌くのより遥かに難しい。背鰭を取り、鱗を取り、頭を落として腹を出す。子出刃よりさらに小さなナイフで開いて中骨を取る。濃いめのたて塩に漬け、酢で〆る。大きさによって付け時間を変えて、塩梅をみる。シンコを仕込む工程は身体で覚えてるが、恋愛の工程だけは何度やっても身に付かない。




またため息を吐いた。




まぁ、しょうがない。次だ次。笑い話にしてしまおう。酢で〆たシンコを盆ざるに上げる。




さぁ、今日も営業だ。しけた面をお客に見せるわけにはいかない。




「大将、今年もシンコ入ったって。ブログ読んだからきたよ」

「今年も儚いネタの始まりです」

「儚いってなんだよ、また女に振られたか」

苦笑いで返す。




魚の目利きには自信がるが、女の目利きは本当に難しい。

いや、そうじゃない。自分自身へのの目利きかもだ。

1年経てば、またシンコが出てくる。

そうだ、新しい出逢いもきっとあるはずだ。

守は今年最初のシンコを握って付け台に置いた。

















部屋に帰るとベッドに倒れ込んだ。

2軒目に誘われたけど、その気になれず断った。

洒落たイタリアン、インスタ映えしそうなカフェ。

悪くはないけど、美沙にはどうもピンとこなかった。




「あぁ、美味しいお寿司が食べたい」




食べることが大好きな美沙を食事に誘う男は多いが、寿司屋をチョイスする輩はほとんどいない。

そんな時、武司をいつも思い出す。

別れてから2、3年は経つのだが、美沙に寿司の美味さを教えたのは武司だった。

回転寿司しか知らない美沙にとって目から鱗の話ばかりだった。




ネタの旬、ガリの由来、どうして寿司屋の湯呑みが大きいのか、江戸前の意味、立ち食いのワケ、寿司の食べ方、助六の話、寿司の歴史。




寿司屋の倅の武司には寿司屋の雑学が詰まっていた。そして何より、美味い寿司屋を見抜くのが素晴らしかった。

酒を頼み、つまみをオーダーする。そして頃合いを見て握りを頼む。おまかせが主体の近頃の店ではなく、昔ながらの寿司屋に行く事が多かった。




決して、美男子ではないけどカウンターで見る武司の横顔は頼もしかった。

ひとりで寿司屋に行けるようにもなったけど、寿司の香りを嗅ぐと武司のことを思い出す。







「あぁ、美味しいお寿司が食べたい」




久しぶりに武司にLINEをしようか迷っていた。女癖の悪い武司にはいつも苛立ちを覚えていたが、寿司を食べるだけならいいだろう。




美沙はスマートフォンに手をかけた。

















シャワーから上がるとスマートフォンにLINEがきていた。送信先は美沙からだった。別れて2年、いや3年は経ってるだろう。開封してみた。

「久しぶり。元気?お寿司食べに行かない?」

寿司に目がない美沙らしい誘いだった。

でも、今更どうしたんだろう。美沙とはしばらく付き合っていたが武司のだらしなさが原因で別れた。以降、連絡も取っていない。

あの頃は、よく寿司を食いに行った。回転寿司しか知らない美沙にとって回らない寿司屋は知らないことのオンパレード。寿司屋の三男坊に生まれた武司は父親に教えられた寿司の雑学が頭の中に詰まっていた。

ネタの旬、ガリの由来、どうして寿司屋の湯呑みが大きいのか、江戸前の意味、立ち食いのワケ、寿司の食べ方、助六の話、寿司の歴史。

寿司屋になってもよかったのだが、店は長男が継ぐと言ったので普通に大学に行き、勤め人になった。

美沙はそんな話に時には目を丸して、時には感心して寿司を食べていた。好物のネタを食べて静かに微笑む横顔がたまらなく可愛かった。

そういえば、美沙と別れてからあまり寿司屋に行かなくなった。実家にも立ち寄らなくなった。

なぜだろう。

多分、飯の香りを嗅ぐと美沙を思い出すからだった。

未練があるわけじゃない、未だ好きという訳でもない。

また、付き合ってもいいけど、自分のだらしなさでまた同じ事の繰り返しになるだろう。

そろそろ、桜の咲く頃だ。

花見にでも行きながら、今度は何の話をしてやろうか。

そんなことを思いながら、LINEの返信を戸惑っていた。











葬儀、初七日を終え、親父の店に立ち寄った。9月だというのにまだまだ残暑は厳しい。




主人を失った店内。

静まり返った中に、まだ親父の残像が残っているような気がする。

まだ、4日前までここで仕事をしていたのだ。




「辰巳寿司」




臈纈染で染められた藍色の暖簾が壁にかかっている。付け場は程よく掃除して整頓されていた。

身体の異変を感じながら、その日の営業を終え片付けをしていたのだろう。

カウンターの前で倒れていたのを洗い物をしていた妹、民子が見つけ、救急車を呼んだ。

意識は戻る事なく、その人生の幕を閉じた。

私がもっと早く気づいていたらと、民子は葬儀の最中、ずっと泣いていたが民子のせいじゃない。

それが親父の生き様だったのだと思う。




高校を卒業して東京の日本料理店で6年働いた。母親の持病が悪化したのを機に故郷に帰りしばらく一緒に働いた。

でも、反りが合わなかった。




寿司職人と和食の板前。似ているようで非なるものだ。些細な事で言い合いになるのが嫌で袂を分けた。




以来、親父は妹と店を切り盛りしていた。




そして、俺は隣町で小さな居酒屋を開いた。




冷蔵庫を開ける。当然、明くる日も店を開けるつもりだったんだろう。ネタ箱には綺麗に寿司ネタが納められていた。




鮪、白身、イカ。

車海老、玉子焼き、穴子。

銀缶の煮汁の中には煮ハマが入っている。

相変わらず、江戸前の仕事だった。




民子が立っていた。

「お兄ちゃん、何してるの?」

「ん?親父の仕事っぷりを見とこうと思ってな」

「私、お父さんとお兄ちゃんが付け場に立ってる風景が大好きだった」

「すまん、俺のわがままで」




何も親父のことを極端に嫌ったわけじゃない。市場で時々顔を合わせることもあったが挨拶ぐらいはちゃんとしていた。




自分の店でも寿司は時々出していた。居酒屋なのに美味い寿司だとお客からも好評だった。




この街から寿司屋が次から次へと消えていって久しい。まともな寿司が食えなくなったと嘆く声も聞いていた。




「民子、通夜と葬儀で参列何人だった?」

「しっかり把握してないけど600人ぐらいだと思う」




ほとんど知らせもしてないのに本当にたくさんの人が送ってくれた。全部が全部親父の握りのファンじゃないだろうけど、これも親父の人柄だろう。




「民子、親父の寿司は美味かったか?」

「うん。日本一美味かったよ」




一緒に働いていた頃の仕込みノートはとってある。親父のことだ、それほど割りを変えていることもないだろう。




この街からまともな寿司屋を消しちゃダメだ。




「民子、1ヶ月後、店を開けるぞ。辰巳寿司の新規オープンだ。後継じゃねぇぞ、あくまでも新規開店だ」




民子がまた、泣き出した。




親父、寿司屋の文化を消さないぜ。力を貸してくれ。




その時、立てかけてあった巻き簾がカタンと倒れた。











朝目覚めていつも気にするのは肩と肘。

痛みはないか、無事に上がるか。

異常がない事を確認して、達矢は起き上がる。




小学2年から野球を始め、甲子園を目指した。

残念ながら県大会で敗退したが、全国制覇をした事がある大学から声がかかり神宮でも投げた。

ドラフトの声もあったが漏れ、社会人の門を叩いた。

「アマチュアの星になる」

そう心に誓い、雨の日も風の日も走り、投げ続けた。

都市対抗にも出場したがもう、肩は悲鳴をあげていた。

30歳も過ぎればアマチュアではベテランだ。そろそろ進退も考えねばならない。

でも、達矢はまだできると信じていた。

故障して半年、整形外科やスポーツ診療所、ありとあらゆる所を訪ねた。

お陰で痛みは治り、ブルペンで投球練習ができるまでになった。

幸い、今年は新型インフルエンザの世界的蔓延で各スポーツが軒並み中止に追いやられていた。社会人野球も例外ではなかった。




達矢はチャンスだと思っていた。シーズンの開幕が遅れれば、間に合う。

でも、全盛期の直球には遠く及ばなかった。




自粛要請の解除に合わせて、学生時代、よく通った寿司屋の大将に会いたくなった。

野球好きだった大将は達矢始め、チームメイトにただのような値段で寿司を振る舞い、ビールを飲ませくれた。




久しぶりに店の前に立った。

「すし勢」

という看板は変わってなかったが随分綺麗になっていた。

「大将、お久しぶりです」

「おぉ、大脇くんか、久しぶり。元気だったか?

ってもこんなご時世だ、元気でもないか」

「お陰さまで、なんとか、ビールをください」

瓶ビールを2人で乾杯した。

「もう、何年になる?」

「10年です」

「早いなぁ。俺はお前さんがドラフトにかかるのをホント楽しみにしててな、でも、社会人の結果も見てるよ。頑張ってるじゃねぇか。なに、プロに行くのが全てじゃねーや」

そう、プロには未練はない。あるのはマウンドだ。

玉子をつまみで食べた。あの頃と変わらない甘くて出汁が効いてて。

コハダを握ってもらった。相変わらず締め具合が申し分ない。

社会人になって上司に何軒も連れて行ってもらったが、ここの寿司以上に美味い寿司に出会った事がない。

「大将、お店、改装したんですね」

「5年になるかな。もう俺も若くない。出前と並寿司中心の寿司屋から変わろうと思ってな。今ではいいお客もそれなりに付いて、お前さん達が来てた頃とはちょっと違うんだぜ」

「へぇ、そうなんすか。大将の寿司は昔から美味いからきっと、大丈夫なんすよ」

「人間はな、変化するのを恐れる生きものだ。でもな、思い切って変わってみると新しい何かに出会えるってもんだ」

達矢はハッとした。

達矢のピッチングは速球を中心に力で押すピッチングだった。

全盛期の直球がないなら変化球で勝負してもいいのではないか。

「そうだな、俺だって若ぇ頃みたいにはいかねぇよ。でもな若い奴にはない経験がある。お前さんも、もう一花咲かせたいんなら変わってみるのも悪かねぇぞ。また、マウンドに上がる姿を見たいってもんよ」

ビールは5本目になっていた。

変化と経験。

自信に満ちた大将の言葉と寿司が達矢の背中を押した。





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プロフィール

楽山若大将

Author:楽山若大将
すし割烹楽山の二代目です。趣味は美味いものを食べること、美味いものを作ること、野球(観る事、草野球)競馬(能書きだけで馬券をはずすのが得意)読書、落語鑑賞etc。

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